おーい!まだ運動会前だぞ!新品ジャージに穴が開いた話

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運動会本番に向けて、満を持しておろしたお気に入りのジャージ。

本人もご機嫌で、いつもよりちょっと背筋を伸ばして登校していった。

「いってきまーす」

その後ろ姿の、なんと頼もしかったことか。

新品の生地はパリッとしていて、膝のあたりなんて一点の曇りもない。袖を通したときの「うわ、ちょっといいやつ着てる感じがする」というあの高揚。本人もそれを分かっていて、玄関でちょっとポーズなんか取ってみたりして、いつもの三割増しで元気だった。これで本番、ビシッと決めてくれるんだろうな。親はそう思っていた。思ってしまっていた。

このジャージ、選ぶのにもそれなりにドラマがあった。

思えば、買うときから一大イベントだった

売り場で何枚も並べて、「これがいい」「いや、こっちの色」「でもこっちのほうが速く走れそう」と、なんの根拠もない理由で延々と悩んだ。速く走れそう、ってなんだ。生地に脚力は宿らないぞ。とは思ったが、本人があまりに真剣なので口には出さなかった。

結局、本人がいちばん気に入ったやつに決まった。

レジに持っていくときの、あの「とっておきを手に入れた」という顔。家に帰ってすぐ着てみて、鏡の前でくるっと回って、「明日から着る!」と言ったのを、なだめて「本番までとっておこうね」と棚にしまった。あの棚にしまう瞬間まで、ぜんぶ覚えている。

つまり、それなりに気合の入った一着だったわけだ。親のほうにも、ちょっとした思い入れがあった。

そして迎えた、おろしたての日。

晴れて棚から出され、本人とともに意気揚々と登校していった、その日。

夕方。

帰ってきた我が子の膝に、ぽっかりと穴が開いていた。

時間が、止まった。

玄関で靴を脱ぐ子どもの、その膝。さっきまで一点の曇りもなかったはずのその場所に、見間違えようもない、まごうことなき、穴。布の繊維が白くほつれて、その奥から膝小僧がちらりとのぞいている。

おーい。

まだ運動会、始まってすらいないんだぞ。

本番、まだなんだぞ。今日はただの、普通の、なんでもない一日だったはずなんだぞ。

聞けば、休み時間に「ちょっと転んだ」らしい。「ちょっと」で新品のジャージに穴が開くものなのか。膝小僧というのは、こんなにも生地に厳しい存在だったのか。鉄棒か、コンクリートか、それともただのアスファルトか。詳細を問いただしたところで穴がふさがるわけでもないのに、親はつい現場検証をしたくなる。今日いちばんの衝撃である。

本人はと言えば、わりとケロッとしている。

痛くなかったの、と聞けば「うん、平気」。穴のことどう思う、と聞けば「べつに」。

……べつに、じゃないだろう。

あんなにご機嫌で出ていったのに。鏡の前でくるっと回っていたのに。あのパリッとした生地はもう戻ってこないんだぞ。一日だぞ。一日しかもたなかったんだぞ。親のほうがよっぽどダメージを受けている。

夜、もう一人の大人にこの一件を報告したら、穴を見るなり「うわぁ」と声をあげ、そのあと二人でしばらく無言になった。穴を前にすると、人はなぜか無言になる。そういうものらしい。

さて、どうしたものか

ワッペンを貼るか。当て布をするか。本番まではまだ少し時間がある。手を打とうと思えば打てる。

スマホで「ジャージ 膝 穴 補修」と検索してみたりもした。世の中には同じ目にあった親が山ほどいるらしく、アイロンワッペンだの、ミシンだの、布用ボンドだの、いろいろな知恵が出てくる。へえ、こんなに直す方法があるのか、と少し感心しながらスクロールしているうちに、ふと我に返る。そもそも、本人はどうしたいんだろう。

聞いてみた。

返ってきたのは、この一言だった。

「このままでいい」

このままで、いい。

膝に穴の開いたジャージで、運動会本番に出る。直さない。隠さない。穴は穴のまま、走る。

なんという潔さだろうか。

親が勝手に「もったいない」「せっかくの新品が」「あんなに悩んで買ったのに」とおろおろしていただけで、本人の中ではもう、とっくに次の話だったのだ。穴があこうがなんだろうが、走るものは走る。それだけのこと。検索画面を閉じる。知恵は、また今度どこかで使おう。

穴、上等。

考えてみれば、運動会で大事なのは生地の状態じゃない。

転んでも立ち上がって、また走り出すこと。そっちのほうがよっぽど運動会らしい。むしろ、まだ本番前だというのに、すでに一回しっかり転んでいる。準備運動としては完璧かもしれない。本番ではもう転ばないだろう。たぶん。きっと。

膝の穴は、その日たくさん動いて、たくさん遊んだ証拠だ。

あのパリッとした新品の状態は、たしかにきれいだった。でもあれは、まだ何も始まっていない、まっさらなだけの生地だった。穴の一つもあいて、ようやく「使われている服」になったのかもしれない。

本番でまたひとつ増えるかもしれない。それならそれで、もう一周ぶん、思いっきり走ってきたということだ。膝が二つとも穴だらけになって帰ってきたら、そのときはもう笑うしかない。笑ってやろうと思う。

新品の輝きは一日で終わってしまったけれど、まあ、いい。

あのジャージは、これからもっといい顔になっていくんだろう。洗濯を重ねて、生地がくたっとして、膝に穴があって、それでも本人のいちばんのお気に入りで。何年か経って引っぱり出したとき、「あー、これ膝に穴あけたやつだ」と、まっさきにこの日を思い出すんだろう。きれいなままの服より、よっぽど記憶に残る。

棚にしまったときのあの「本番までとっておこうね」は、結局、半分も守られなかった。

でも、いいのだ。とっておいて、きれいなまましまっておくより、穴だらけで走り回ってくれるほうが、たぶんずっと、あの子らしい。

おーい、まだ運動会前だぞ。

——とか言いながら、たぶん本番では、穴のことなんてすっかり忘れて、いちばん大きな声で応援している自分が目に浮かぶのである。

そして、膝の穴を見つけたときのあの「うわぁ」も、今日の現場検証も、半年もすれば笑い話だ。「そういえばあのジャージ、運動会の前に穴あけてさあ」と、何度も話すんだろう。穴の一つくらいで、こんなに語ることがあるなんて、親というのも案外おもしろい🏠






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